* ☆ *




夢を見ている。
そう、これは夢だ。夢のはずだ。
通りを探しても、お城を探しても、いないなんて。

花が添えられる。棺の中に誰かが眠っている。
夢だ、これは夢だから、そこには誰も眠っていない。
夢だ、夢なんだ、夢なのに。

『――もうさよならだ、』



「……っ――!!」

少女はベッドから飛び起きると、荒い呼吸を押さえようと胸に手を当てた。
ここ数日こんな夢ばかりを見る。こんな夢ばかり見て、どうしようもない焦燥感で何も考えられなくなる。
そんな少女の様子を見た隣人たちは、暫くの間はゆっくりして過ごすといいと、少し長い休みを調整してくれた。

「…通りに行こう、」

きっと、会うまでこの不安はどうにもならない。
きっと、嘘であったならいいと思い続けている。
そうして少女の言葉を笑って否定してくれると。

少女は身支度もほどほどに、早足で部屋を出て行った。



辺りを見回しながら通りを歩く。
心配げに少女へ声をかけようとした人も少なくなかったけれど、
少女は周りの人に見向きもしなかった。探しているのはたった一人だったから。

「………いない…」

そうして、通りの端までやってくる。国の外へと出る門の前、まだ門は空いていないから、衛兵もいない。
息を切らして通りを巡る毎日を、ずっと続けている。
何をやっているんだろう、と心の中で自分への呆れを呟いた。

お城に行けば確実にいることは分かっている。けれどそれはできない。
少年と少女は誰にも見つけられてない二つ星だから。見つかってしまえば、そこにあることが分かってしまう。
そうなれば最後、自由に会うことはできなくなるだろう。少女は、アウローラの素質があることを除けば、ごく普通の少女だ。
王子が少女を助けに行く物語はあっても、少女が王子を助けに行く物語は、どこにもない。

「………、」

思えば、奇跡だったのだ。
あの時、少女が通りに居なければ。あの時少年がお城を抜け出していなければ。
きっと二人は出会っていなくて、そうして二度目だって、約束なんてしていなかった。
二人はまた、約束を交わさずに生きている。…正しくは、一つだけ交わしたけれど、いつ果たされるかも分からない約束だ。

――流れ星に願い事をするよりも、遠く、儚く。
このまま終わってしまうんじゃないか、と、そんな想いが足枷になって、ただ立ち尽くしていた。



「だーれだっ」

「ひゃっ!?」

突然少女の目元が誰かの手で隠される。
気の抜けた悲鳴を漏らした少女に可笑しいといわんばかりに笑う声は、聴き慣れたその声だ。

「こんなとこで何してんだ?歩きで国の外行くのはワイルドすぎるだろ~」

からかうような軽い声に、少女は何も返せなくて。
ただただ、そこにいる少年を、まじまじと見つめていた。

「……?おーいキャローレさーん?寝不足か~?」

「………ねえ、カプリ」

目の前で手を振る少年の言葉には答えず、少女は重い口を開くと、少年の目を見つめて。

「カプリは、死んじゃうの?」

少女のその問いかけに、少年は一瞬だけ目を丸くした。
した、けれど。すぐに取り繕ったように口元だけ笑みを浮かべて。

「何だ急に、そりゃ人間はいつか死ぬだろ~?
 まさかおれが死ぬ夢でも見たのか?夢は夢だって、」

「アウローラが大広間に歌いに行った日。
 …カプリと似た服を着た二人組が、話してた。もう長くない、若いのにかわいそうにって」

ごまかそうとするように、少しだけ早口になる少年の言葉に被さるように。
少女はただ真っ直ぐに告げる。ちゃんと聞かなければいけない。ごまかしのない、本心からの答えを。
けれど、少女はぼんやりと気づいていた。だって、嘘ならごまかす必要なんてないのだから。

「………。…はあ、口外すんなって言ってたのに。警戒が甘いんだよな」

頑なな様子の少女に、少年は観念したように口を開く。
けれど、少年の言葉はどこか冷ややかだった。星の浮かばない夜空のように、真っ黒で平坦だった。
これ見よがしにため息をついて一度目を閉じた後に、その視線は少女へと向く。

「お前も運が悪いよな。聴かなけりゃ、ずっと楽しく過ごせたのに」

「聴かなかったら、ある日突然カプリがいなくなってたんでしょ?
 その方が嫌だよ……いやだ……、」

感情は取り留めのない言葉に変わって、星屑にもなれず零れていく。
話そうとしてくれなかったことも、何も思ってないような声も、その真実を知らないままでいることを楽しいということも。

「……お前のことだから、何で話してくれなかったんだ、とか思ってんだろ。
 どうにもならないからだよ。どうしておれが死ぬか、理由は聞いてないんだろうから教えてやる。
 王族はそれぞれに、星の欠片を持つってことくらい、お前でも知ってるよな」

淡々と、ただ事実だけを述べていく声を聴いている。
他人事のように、興味のない物語を読み聞かせる時のように、感情は全部塗りつぶされている。

「おれの星の欠片は――ここにあるんだ」

少年がそう言って、指さしたのは自らの胸元。

「……え、」

少女はようやくそこで、ぽかんと声を漏らした。
王族は星の欠片を神様からもらう、そして確か……死ぬときに、神様に返すのだ。

「…星の欠片が体の中にあるおかげで、おれは普通の王族よりも星の欠片の力を上手く扱える。
 その代わりに、星の欠片が力を貯めこみすぎる。使ってないときでさえ、勝手に貯め込んでいく。
 
 だから、星の欠片が耐え切れずに、体の中で砕ける」

表情を変えないまま、そうしてただ説明をして見せると、
またわざとらしく大きなため息をついた。

「お前はずっと知らないままでいてほしかったんだ。
 そうすればおれは、最期の時までただ日常を享受できたのに」

知ってしまったこと、それそのものが罪であるかのように、少年は冷たく吐き出す。
どこまでも、どこまでも無感情の声だった。その言葉には何一つ色がなかった。
少女は、訳の分からない困惑と怒りと、それから――どうしようもない失望を感じた。

それは、少女自身に対する失望でもあったし、少年に対する失望でもあった。
正しくないことも分かっていた。どうにもならない、という言葉に嘘はないだろう。
ただ最期を迎えたい人間がこんな大それた嘘をつく必要もない。ありとあらゆる手を尽くして、
それでも無理だったから、こうして諦めた声で告げてくれたんだろう。それでも納得できなかった。

「………だから、どうでもいいの?
 そんな冷たい声で、そんなことが言えるの?」

声が震えた。言ってはならないことだと分かっていても抑えられなかった。
少女は隠し事が下手で、嘘が下手で、想ったことはすぐ口に出してしまうのだから。

「だから諦めちゃうの?最期が来るまでただ逃げちゃうの?
 まだ何かあるかもしれないのに、まだ生きられるかもしれないのに」

それを吐き出すためにどれだけの苦しみがあったとしても、その言葉は酷く軽かった。
少女もそれは分かっていた。ただの願望でしかなかった。
もう本当にどうしようもないのだと、それだけをただ受け入れられなかった。

対する少年は、酷く冷ややかだった。呆れているようにも、興味が失せたようにも見えた。

「……お前だって本当は分かってるだろ。
 おれは王族だ。だから、最初に分かったときは躍起になって皆が方法を探したよ。
 どうにかして体から星の欠片だけを取り除けないか、ってさ。
 けど、星の欠片は胸の奥の方にあって、取り出すには心臓や、他の大事な臓器が邪魔なんだ」

「な、なら他の王族さん達の星の欠片の力で、」

「王族の星の欠片は、国を守るためにあるものだ。
 敵の襲撃を防ぎ、星の光を満たし、この地を豊かにする。
 そこに王族一人の命を繋ぎ止める用途はない」

少年の声に初めて感情が乗る。それは苛立ちだ。

「もういいだろ。さっさと諦めろ。
 こうなった以上もう会うこともない。お前といてもうんざりするだけだ」

そう言って少女を見つめる目は、嫌悪するように少女を見下していた。

少女は嫌でも確信してしまった。
少年は、捨てようとしている。この日常を、この暖かさを。

「………、ばか
 かぷりの、ばか、…ばか……っ、」

少女の目からボロボロと雫が零れだす。
少年は、また一つため息をついて、少女を置いて踵を返した。
もうこれ以上言葉を持たないというように、そこで日常を破り捨てた。

その足音だけが、少女の耳にずっとずっと、聞こえなくなるまで響いて。
少女はただ、泣いて、泣いて、ただ立ち尽くしていた。

* ☆ *