* ☆ *
少女は、自分の体に触れる温もりを感じながら目を覚ました。
体が鈍く痛む、自分が固い床の上に寝転がっていることに気づけば、記憶を巡らせる。
どうしてここにいるのか、つい昨日の出来事だから、思い出すのにそう時間はかからなかった。
「………、」
視線を落とす。
穏やかな寝息を立てて、少年は少女の腕の中で眠っていた。
目元は赤くなっている、あれだけ泣いていたのだから、当然だろう。
本当に、会ってしまってよかったのか、と不意に過ぎる。
いや、きっと少女はあの手紙を受けて、ここに来ない選択肢を取ることは出来なかっただろうけれど。
それでも、あんな風に狼狽して、涙を零す姿を見てしまうと、どうしても。
もし何も手立てが見つからず、少年がこのまま終わってしまうとしたら、少女の行動はただ心残りを残すだけになってしまうから。
(…王様だって、他の皆だって、きっとこれまで探していたんだ)
それはきっと、血が滲むほどの努力で、いくつの夜を超えたか数えられないくらいに。
それを今から覆すことが、出来るのだろうか。いつ終わるかも分かってない星を、永らえさせることが、自分に。
「……どうしようかな、」
一人呟く。それは、方法を探すか否か、という迷いではない。
例え、そんな方法はないと少女以外の全てが否定しても、少女は終わりが来るその日まで探し続けるだろう。
けれど、ただ闇雲に探していればいいわけではないことも理解している。王様たちが探していたのだから、なおさらに。
「……ん、…?」
ふと、少年がみじろいで、ぼんやりと瞼を開いた。
少女はそちらを見やる。視線が合って数秒、少年は目を丸くすると自分を包む腕から抜け出して飛び起きた。
「え!?あ……ああ~~…」
困惑と驚きを映していたのは数秒で、その後は手で顔を覆うとしゃがみ込んだ。
手の隙間から見える顔は赤く、昨日あったことはバッチリ覚えている様子だった。
ここのところ、新しい表情ばかりを見せてくれる。少女は少しだけ笑みをこぼした。
「おはよう、王子様?」
「あ~~~はいおはようございます。お前、お前これ、……」
「誰にも言わないよ、というか言う相手いないし」
少年は長く息を吐いた。
それは恥ずかしさを押さえるようでもあって、自分自身への呆れのようでもあった。
そうして数秒の間が空いて、再び少年は立ち上がる。その表情は少し硬い。
「……お前のことだから、何か方法を探すつもりなんだろ」
「うん。当然だよ、だってまだ時間はあるはずだから」
「…そうだな、そうなんだと思う」
曖昧な答えを返す少年を、少女は見つめる。
体の中の星の欠片が、いずれ砕ける、とかつて言っていた。
あとどれくらい猶予が残されているのか分からないのだろうか、と思うと同時に、
それが分かってしまうことが怖いとも思えた。けれど、その恐怖に一番苛まれているのは少年のはずだから。
だから少女は、その恐怖を口にすることはしなかった。
「王様たちは、どんな風に探してたの?」
「おれも、そこまで詳しく知ってるわけじゃないけど…腕のいい医師を探したり、
細工師に見てもらったり、だな」
「細工師?」
「知らないか?細工師は星の光を使った道具やらなんやらを作る人たちなんだけど…
まあ、星の光の扱いに慣れているから星の欠片についても多少見ることが出来る、って感じだな」
「そうなんだ……」
思えば、自分はあまりに知識がなさすぎる。
本を読んではいたけれど、幼子でも読める様な簡単な歴史の本だ。それくらい、少女と同じ年齢の子なら諳んじることだって出来る。
しかも、少女はこうして少年に出会っていなければ国の王子の名前すら知らないままだったのだ。
けれど今からこの国のことを勉強して、何か役立つ情報がないか、なんて言うのは星空から一つきりの星を探すようなものだ。
少女は思考を巡らせる。きっと、王様たちも完全に諦めてしまったなんてことはないだろう、と少女は思っている。
だから、王様たちが知らないような場所、もしくは探そうとさえしない場所。勿論思い当たる宛なんてそう多くはない。
「………、ごめん」
「え?」
ふと少年が、ぽつりと零す。
「もう、どうにもならないから。だから、いなくなって悲しませるくらいなら、
傷つけてでも、嫌ってもらおうと思った。お前が一番傷つく言葉を、わざわざ選んだ」
懺悔するように、暗い声で、けれどはっきりとそう告げる少年を、少女は真っ直ぐと見つめていた。
少年は、少女と同じくらいの年齢に見えるけれど、それでも王子として生きて来た。
沢山勉強をさせられているだろうし、星の欠片の力だって扱えなければいけない。
実際、時折大人びているような部分も垣間見えていた。それでも、少女といる時の少年は、ただ楽しく遊ぶ子供に見えた。
だから。
いつか知ってしまった時のために、傷つけるためにいくつもの言葉を選んで。
きっと、その時が来なければいいと思っていただろう。想っていてくれていただろう。
それでも来てしまったからあんな言葉を吐いたのだろう。少女はそれが悲しかったし、悔しかった。
(きっと、こんな風に、後悔し続けるんだ…)
傷つけてしまったことも、これから悲しませてしまうことも、少年はずっとずっと。
そんな風に終わっていくのを見たくなかった。絶対に、そうであってほしくなかった。
「……いいよ。悲しかったし、痛かったけど、
キャロのことが嫌いになったわけじゃないなら」
少女の言葉にああ、とだけ返した少年は、どこか自嘲するように少し歪んだ笑みを浮かべて。
それ以上何も言わなかった。何も言葉を持っていなかったようにも見えた。
「………もうっ!いいって言ったんだからもういいの!」
少年の頬を少女の手が勢いよく包む。
うお、と気の抜けた声を漏らして少年は少女を見つめた。
「…お前って本当馬鹿だよなあ~。そのうち幸運の壺とか買いそうな感じ」
からかうような声は、漸く素直に笑って。それを見た少女は、手を離すとつられるように笑みを浮かべた。
「買わないよ、だってキャロそんなに運悪くないし!」
「そういうことじゃないんだよな………」
いつもの調子で言葉が交わされる。こんな時間が好きで、だから傷ついてもここまで来たのだ。
それを少女は心の底から感じていた。失いたくないと思った、強く、強く。
「……カプリは、これからどうするの?」
「ん?どうするって…まあ、変わんないよ。
ただ、そうだな。明日からしばらくは、ちょっと用事があるんだ。
一週間くらいは、出てこられないかもしれない」
「一週間……、」
そう繰り返した少女に、ふと少年は目を伏せる。
「……なあ、キャローレ。もし見つからなくても、もし何もできなくても。
出来れば、自分を責めないでほしい。…きっと、そんなこと言っても、無理かもしれないけどさ」
受け入れようとするような、薄い笑顔で呟くのを、少女はむっと睨んでみせた。
「そういうの、聴く気ないよ。絶対見つけるんだから」
「………ああ、うん。お前はそういう奴だよな。でも、本当にそうなったら、思い出してくれ」
さて、と一つ呟いて少年が立ち上がった。
窓から外を眺める。お日様は少しずつ傾き始めていた。
また夜が来る。そうして星が出てくる。皆が願いをかけて、明日を祈る星。
けれど少年にとっては、それはどう映るだろう。星は、どんな夜でも光を落とす。
それがなければ生きていけない少女たちは、それによって苦しむ人間がいることにきっとずっと、気づかない。
だから、そんな悲しいことは、あってほしくない。
「じゃあ、また。おれは、そろそろ帰るから」
「……うん。また、だよ。絶対、またね」
少年は、けれど、去っていくまでに少し間があった。
扉を開けて、ゆっくりと去っていく。振り返ることはしなかった。
その背中を見送って、扉が閉じて、少女はぼんやりと、しばらくの間そのまま座り込んでいた。
もしかしたら、これで、最期だったのかもしれない。
そんな考えがふと頭をよぎった。少女は振り払うように首を振って、勢いよく立ち上がる。
自分まであきらめてしまったらそれこそ、ただ最期を待つだけになってしまうのだ。
「――見つけなきゃ、絶対に」
不安も、焦燥も、全部今は隠して。
少女は呟き、自分を奮い立たせると小屋を後にした。